法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかず、みず、冬の秋とかえれることを。いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となることを。経文には、「もし法を聞くことあらん者は、ひとりとして成仏せずということ無し」ととかれて候。
『妙一尼御前御消息』
昨年より続いている新型コロナウイルス感染拡大によって、これまで経験したことのない事態となっている。しかしながら、人類の長い歴史の中にあっては、人類は幾度となく疫病に悩まされ、苦しみながらも戦い乗り越えてきたはずである。
今、コロナ禍にあって、冒頭にあげた日蓮聖人のお手紙に照らして考えてみると、私たちの先人も苦難を乗り越えてきたように、それはそれで受け止めなければいけない真冬のような宿命なのかもしれない。そうは言っても細心の注意を払うことは勿論であるが、生きていかなければならない、生活していかなければならない。その場合、大事なことは過剰な情報によって恐怖を煽ることなく、病にかかった人を差別してはいけないということではないだろうか。そして、仏教を信ずる人、とりわけ法華経を信ずる人は、むしろ人々を励まし安堵の念を抱かせることが大切なのではないだろうか。
日蓮聖人は、お弟子である日昭上人のお母さん・妙一尼から、日々物品や身の回りの世話を受けていたが、そのお礼と併せて、妙一尼が夫を亡くした上、幼な子を抱え困難な生活をしていたことを厳しい冬にたとえ、「冬が秋に逆戻りすることはなく、冬は必ず春となる。同じように法華経を信ずる人が凡夫のままでいることはなく、経文にもある通り法華経を聞いているならば、ひとりとして成仏しないことはない。」と励まされたのであった。
冒頭にあげた日蓮聖人『妙一尼御前御消息』の一節から、このコロナ禍を人類に課せられた真冬のような宿命と考えるならば、冬は必ず春となるように信心によって乗り越えていきましょうと読み取れることができ、現代の私たちにも励ましのお言葉となっている気がする。
毎年いろいろなこと、思ってもいなかったことが起こるけれど、新たな年を迎え常に前向きに生きていく姿勢が大切ではないだろうか、冬は必ず春となることを信じて。
令和3年元日
日蓮宗本山 池上 大坊 本行寺
住職 中野日演